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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)1932号 判決 1975年8月25日

原告

佐藤和枝

被告

津山和明

ほか二名

主文

(一)  被告飯田哲雄および同津田和明は各自、原告に対し金四八〇万八、三九四円およびこれに対する昭和四九年四月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  原告の被告飯田哲雄、同津田和明に対するその余の請求および被告株式会社前田工務店に対する請求をいずれも棄却する。

(三)  訴訟費用は、被告飯田哲雄および同津田和明との間においては、原告に生じた費用の三分の二を右被告らの連帯負担、その余を各自の負担とし、被告株式会社前田工務店との間においては、全部原告の負担とする。

(四)  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立

一  請求の趣旨

(一)  被告らは各自原告に対し、金六四四万〇、五六三円およびこれに対する昭和四九年四月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  仮執行の宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  事故の発生

1 昭和四八年三月二九日午後六時一〇分頃東京都江東区古石場三丁目一一番三四号先路上において、被告津田運転の自転車(以下「加害自転車」という。)と訴外亡佐藤ハナ(明治三五年九月二日生、以下「亡佐藤」という。)とが衝突し、右事故により、亡佐藤は同年四月一二日頭蓋底骨折、脳挫傷のため死亡した。

2 訴外小林俊宏は、普通乗用車(足立五五ま四四七号、以下「加害自動車」という。)を運転して本件事故現場に差しかかつた際、同方向に進行する加害自転車を時速六〇粁位で追越そうとしたため、被告津田の右肘に加害自動車の左側面を接触させて同被告の前方注視を妨げ、かつ、同被告が亡佐藤との衝突をさけるため十分にハンドルを右に切り距離的に余裕をもつて進行することを妨げ、もつて加害自転車をして亡佐藤に衝突せしめたものであり、加害自動車の運行と本件事故との間には因果関係がある。

(二)  被告らの責任

1 被告津田は、本件事故現場を時速一〇粁位で進行中、道路左端から二米位道路中央に入つた地点に、道路を左から右に横断しようとして佇立している老婆亡佐藤を、一四米位前方に認めたのであるから、鈴を鳴らして同女に警告を与え、同女の動静に十分注意し、一時停止ないし徐行して同女が横断し終えるか、または安全な場所に避譲するのを待ち、その安全を確認して進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、折から後方から同方向に進行し追越しをかけて来た加害自動車に注意を奪われ、前方注視不十分のまま漫然同一速度で進行した過失により、道路を横断しはじめた同女に気づかず、前記のとおり衝突したものである。

2 被告飯田は、同津田を新聞配達の業務に従事させて使用していた者であり、本件事故は、同津田が右業務を執行中に前記過失により惹起したものである。

3 被告株式会社前田工務店(以下「被告会社」という。)は、加害自動車を所有し自己のため運行の用に供していたものである。

(三)  原告の損害

1 慰謝料 金六〇〇万円

原告は、亡佐藤の一人娘であり、父親のない子として同女に育てられたもので、母親を失つた精神的苦痛は多大であるので、原告に対する慰謝料としては金六〇〇万円が相当である。

2 治療費 金四万三、四八〇円

3 付添看護料 金五万〇、一四〇円

4 葬儀関係費 金三四万六、九四三円

(四)  結論

よつて、被告ら各自に対し、右損害合計金六四四万〇、五六三円およびこれに対する訴状送達の日ののちである昭和四九年四月五日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの答弁

(一)  被告津田および同飯田の答弁

1 請求原因(一)1のうち、亡佐藤の死亡に関する事実は不知、その余の事実を認める。

2 同(二)1および2のうち、被告津田の過失に関する事実を否認し、その余の事実を認める。

本件事故の際、被告津田は結果回避不可能な状況にあつた。すなわち、同被告は、最初に亡佐藤を発見した際に同女が横断するかもしれないと思つて右に転把し、中央線寄りを走つており、さらに同女が急に走り出して横断を開始した際にも、直ちに右に避けようとしたが、後方から時速六〇粁位で追越しをかけて来た加害自動車が、加害自転車との間隔を二〇糎位しか開けずに間近に迫つて来たため、右転把することができず、そのまま同女に衝突してしまつたものである。

3 同(三)の事実は不知。

(二)  被告会社の答弁

1 請求原因(一)のうち、1の事実は不知、2の事実を否認する。

2 同(二)3の事実を認める。

3 同(三)の事実は不知。

三  被告らの主張

(一)  被告飯田および同津田の主張

1 被告津田は、前記二(一)2で述べたとおり、加害自動車が追越しをかけて来たため、自己の身体が危険にさらされる状況になつたので、右側に寄ることもできず、左側に行けば亡佐藤に衝突するので左側にも寄れず、やむなく事故地点までそのまま進行せざるをえなかつたものであり、仮に同被告に過失があつたとしても、これは訴外小林の無謀な運転による自己の身体に対する違法な侵害を防ぐために出たやむをえざる行為であつて、正当防衛である。

2 本件事故発生については、亡佐藤にも重大な過失がある。すなわち、同女は、本件事故当時右眼が全く見えず、右方に対する注視が十分できないため、数米右側に加害自転車や自動車が進行して来ているのに気づかずに、しかも近くには横断歩道があるのにこれを利用せず、交通量の多い道路に突然飛び出したために、本件事故を惹起するに至つたものである。

(二)  被告会社の主張

1 本件事故は、被告津田の請求原因(二)1の過失と亡佐藤の被告らの主張(一)2の過失のみにより惹起されたもので、訴外小林には何らの過失もない。

2 加害自動車には構造上の欠陥も機能の障害もなく、また被告会社には加害自動車の運行につき何らの過失もなかつた。

四  被告らの主張に対する原告の答弁

加害自動車に構造上の欠陥も機能の障害もなかつたとの事実は不知、その余の事実を否認する(ただし、加害自転車の後方から加害自動車が時速六〇粁位で追越しをかけて来たため、被告津田が右転把して亡佐藤との衝突を避けられなかつたことを認める。)。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  事故の発生

昭和四八年三月二九日午後六時一〇分頃東京都江東区古石場三丁目一一第二四号先路上において、被告津田運転の加害自転車と亡佐藤(明治三五年九月二日生)とが衝突したことは、被告飯田および同津田との間において争いがなく、被告会社との間においては、〔証拠略〕により認める。

また、〔証拠略〕によれば、亡佐藤が、右事故により頭蓋底骨折、脳挫傷の傷害を負い、そのため同年四月一二日死亡したことが認められる。

二  被告らの責任および過失相殺

(一)  被告飯田が、同津田を新聞配達の業務に従事させて使用していた者であり、同津田が右業務執行中に本件事故を惹起したことは、被告飯田との間において争いがなく、また被告会社が、加害自動車を所有し自己のため運行の用に供していたものであることは、被告会社との間において争いがない。

(二)  そこで本件事故態様についてみるに、〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

本件事故現場付近の道路状況は別紙現場見取図記載のとおりで、路面はアスフアルト舗装されており、永代通り方面から塩浜・越中島方面に向けて進行した場合に、後記本件事故現場の二〇米位先まで、緩い下り勾配となつている。本件事故当時、最高速度は時速四〇粁に制限され、路面は乾燥しており、また夕方とはいえかなり明るく見通しは良好であつた。なお、本件事故当時同図記載の駐車車両(車種不明)があつた。

被告津田は、加害自転車を運転して、永代通り方面から塩浜・越中島方面に向つて本件道路を進行し、下り坂を利用して、ペダルを踏まず、またブレーキもかけないで、時速一〇ないし二〇粁位の速度で別紙現場見取図記載<1>付近まで来たところ、同図<ア>付近に佇立し、前方の都営住宅の方向や塩浜・越中島方向を見ている亡佐藤(本件事故当時右眼の視力が左眼のそれよりもかなり劣つていた。)を認め、同女が横断しようとしているものと判断し、鈴を鳴らさずに、同図<2>付近から中央線に寄り、後方に自動車の音がしたので<3>付近で右後方を振り返つて見たところ、付近を同方向に進行して来る加害自動車を認め、次いで前方を見たところ、亡佐藤が走つて横断しているのを認め、直ちに急ブレーキをかけて右転把したが及ばず、<×>付近で加害自転車の前輪を同女に衝突させて同女を<ウ>付近に転倒させ、その直後加害自転車の直近右側を通過した加害自動車の左側面に右腕を軽く接触させて左転把し、<5>付近に加害自転車を停止させた。

一方訴外小林は、加害自動車を運転して永代通り方面から塩浜・越中島方面に向い時速三〇ないし四〇粁位で中央線寄りを進行し、別紙現場見取図記載付近で中央線寄りを同方向に進行する加害自転車を一〇米余前方に認め、これを追越すため右転把して中央線の右側に出て、減速しながら同図<×>付近で加害自転車の直近右側を追越したが、その際加害自転車と接触しそうな感じがしたので、付近に停止した。なお加害自動車は亡佐藤とは全く接触しなかつた。

さらに、本件事故直後の実況見分の際には、別紙現場見取図記載<ウ>付近に血痕があつたほかには、スリツプ痕など事故の状況を伺わせるに足りる痕跡は路上になかつた。

以上の事実が認められる。〔証拠略〕には、被告津田が、別紙現場見取図記載<3>付近で加害自動車を認めた際、同車が高速度で進行して来るので右側には出られなかつたのでブレーキをかけて前方を見たら亡佐藤が横断しているのを認めた旨の記載があり、もし加害自動車がなければ、同被告は同図<3>付近からさらに右側に出るつもりであつたかのように受取れるが、前記認定事実によれば、右時点において、同被告は亡佐藤が前記<ア>付近から横断を開始したのを未だ認めておらず、この段階でさらに右側に出る必要性は全く認められず、前記各記載部分を右に述べた趣旨のものとして措信することはできない。また〔証拠略〕には、前記<3>付近で加害自動車を認め、前方を見たら走つて来る亡佐藤を認めたので急ブレーキをかけて右転把したところ、加害自動車が同被告の右肘に当り、あわてて左転把したところに亡佐藤が衝突して来たとの部分があるが、〔証拠略〕は全体として同被告に有利になるように述べている形跡が伺えて信用性に乏しく、かつ前掲各証拠に照らすと、右部分をたやすく措信することはできない。〔証拠略〕のうち右認定に反する部分は、たやすく措信しがたく、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(三)  以上の認定事実に基づいて責任関係について判断する。

1  原告は、加害自動車の運行と本件事故との間に因果関係がある旨主張する。しかし、被告津田は、別紙現場見取図記載<3>付近に至るまで加害自動車の進行に気づいておらず、右<3>付近において後方を見て加害自動車を発見した際にも、もし加害自動車が進行して来なければ、さらに右側に寄るつもりであつたとは認められず、そして、同被告は、再び前方を見て横断を開始した亡佐藤を認めた際に、右転把したが同女との衝突を避けられなかつたものであるから、結局、加害自動車の運行と本件事故との間に因果関係があるとはいえない(訴外小林の加害自転車の追越方法には大いに問題があるが、このことは右結論を左右しない。)。

なお、付言するに、被告津田は、前記<3>付近で後方から来る加害自動車の音がしたので後方を振り返り、その間に亡佐藤が横断を開始したのであるから、もし加害自動車が進行して来なければ同被告が後方を振り返ることもなく、横断を開始した同女を直ちに発見して衝突を回避しえたのではないかとの疑問も生じないわけではないが、仮に右事実が認められたとしても、これだけでは、未だ加害自動車の運行と本件事故との間に因果関係があつたものということはできない。さらに、仮に加害自動車が追越しをかけて来なければ、被告津田は、本件においてなしたよりも大きく右転把することができて、本件事故を回避できたのではないかとの疑問もなくはないが、前記認定の距離関係からすると、同被告が横断中の亡佐藤を発見した際には、同女との距離は極くわずかしかなかつたものと認められ、仮に同被告がより大きく右転把できたとしても、同女との衝突事故は避けられなかつたものと推認される。

右に述べたとおりであるので、本件においては、未だ加害自動車の運行と本件事故との間に因果関係があつたものとは認められないので、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告会社に対する本訴請求はすべて理由がない。

2  次に、被告津田の過失について判断するに、同被告は、最初に亡佐藤を認めた段階で、同女が横断しようとしていることを察知し、かつ、同女が同被告の方向の安全確認をしたことを確認していないのであるから、鈴を鳴らして同女に警告を与えるとか、あるいは、一時停止しないまでも、自転車の進行方法に従い、駐車車両を通過したのち道路左端に寄つて、亡佐藤の後方を進行するとかすべき注視義務があるのに、漫然右転把して中央線に寄つて進行したために本件事故を惹起したものであつて、同被告に過失があることは明白である。

被告飯田および同津田は、正当防衛の主張をするが、その実質は、加害自動車が加害自転車の直近右側を追越して来たので、亡佐藤が横断を開始したのを認めても右側に避けることができず、そのまま事故地点まで進行せざるをえなかつたということを主張するにすぎず、要するに、加害自動車を認めたのちには、本件事故を回避することができなかつたというにすぎないもので、正当防衛の主張としては、主張自体失当である(因みに、前記認定事実によれば、被告津田が横断中の亡佐藤を発見したのち右転把しなければ、同被告が加害自動車と接触することはなかつたものと認められる。)。

3  そこで過失相殺の主張について考えるに、亡佐藤としても、別紙現場見取図記載<ア>付近に佇立していた際に、右方に対して注意すれば容易に加害自転車を発見することができたと認められるのに、これを怠り、同自転車が近くに接近した段階において急に横断を開始したのであつて、本件事故発生につき同女にも過失があることは明白である。そこで、前記事故態様、同女の年令等諸般の事情に鑑み、原告の積極損害につき三割の過失相殺をする。

三  原告の損害

(一)  積極損害

〔証拠略〕によれば、亡佐藤には夫がおらず、原告が同女の唯一人の子であつたこと、本件事故のため、治療費として金四万三、四八〇円、付添看護料として金五万〇、一四〇円、葬儀関係費として金三四万六、九四三円を下らない費用を要し、原告が亡佐藤の子としてこれを全額支払うべきところ、金が足りなかつたため一部を親戚の者に立替払してもらつてその支払を済ませたこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、右の合計金四四万〇、五六三円が原告の積極損害であるということができるが、これに三割の過失相殺をすると、被告飯田および同津田各自に請求しうべき分は金三〇万八、三九四円となる。

(二)  慰謝料 金四五〇万円

前記過失割合を含めた諸事情、その他証拠上認められる諸般の事情に鑑み、原告に対する慰謝料としては、金四五〇万円が相当であると認める。

四  結論

以上述べたところによれば、原告の本訴請求は、被告飯田および同津田各自に対し金四八〇万八、三九四円およびこれに対する訴状送達の日ののちであることが記録上明らかな昭和四九年四月五日から支払ずみまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し、右被告らに対するその余の請求および被告会社に対する請求をいずれも失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 瀬戸正義)

別紙現場見取図

<省略>

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